「眠れない」は単一の症状ではありません。寝つけない、夜中に目が覚める、明け方に目覚めて二度寝できない、寝た気がしない——これらは原因も対処も微妙に異なり、漢方の使い分けもタイプ別に整理できます。本稿では、代表的な4方剤(加味逍遙散・酸棗仁湯・抑肝散・黄連解毒湯)を軸に、帰脾湯・柴胡加竜骨牡蛎湯・桂枝加竜骨牡蛎湯までを含めて、選び方・体質判定・西洋睡眠薬との位置関係を解説します。
不眠を「タイプ」で切り分ける
睡眠薬・漢方を選ぶ前に、まず不眠のパターンを把握します。
| タイプ | 特徴 | 背景に多い要因 |
|---|---|---|
| 入眠困難 | 床についてから30分以上眠れない | ストレス・不安・カフェイン・概日リズム後退 |
| 中途覚醒 | 夜中に何度も目が覚める | 加齢・夜間頻尿・睡眠時無呼吸(SAS)・アルコール |
| 早朝覚醒 | 予定より2時間以上早く目覚め二度寝できない | うつ病・高齢・概日リズム前進 |
| 熟眠障害 | 時間は寝ているのに疲労感が残る | SAS・むずむず脚・浅い睡眠 |
複数が混在することも多く、「イライラして寝つけず、夜中も目が覚める」というように、肝鬱(ストレス由来の自律神経の高ぶり)と虚証(疲労消耗)が重なるケースは漢方の出番が見えやすいタイプです。
漢方における不眠の病態分類
西洋医学が症状の時間帯や客観的な睡眠指標で分類するのに対し、漢方では「気・血・水」の過不足と臓腑の失調という独自の視点で不眠を捉えます。主要な病態は以下の3つです。
- 心血・肝血の不足(血虚):血が心神を養えないために「虚煩」が生じ、眠れない。疲労消耗した人に多く、酸棗仁湯・帰脾湯が対応する。
- 肝鬱化火(気滞・熱化):ストレスによる気の鬱滞が熱に転じ、神明(精神活動)が乱れる。更年期女性・神経過敏型に多く、加味逍遙散・抑肝散・黄連解毒湯が対応する。
- 痰熱擾心:過食・飲酒・湿熱が痰を生み、心神を乱す。胃腸症状を伴う実証不眠に相当し、黄連解毒湯や温胆湯などが候補になる。
これらの概念は現代医学とは異なる枠組みですが、「どんな体質の人に、どんな症状が出ているか」を整理する実践的なツールとして機能します。
受診サインを先に置く
漢方を試す前に、以下があれば医療機関を優先してください。
- 不眠が2週間以上続き、日中の活動に明確な支障がある
- 気分の落ち込み・興味の喪失・希死念慮がある(うつ病の鑑別)
- いびき・無呼吸の指摘・日中の強い眠気(SASを疑う)
- 動悸・体重減少・発汗(甲状腺機能亢進の鑑別)
- 高齢者の急な不眠+見当識低下(せん妄・脳血管障害の鑑別)
不眠は背景にある疾患のサインのこともあります。漢方や市販薬で蓋をしてはいけない場面は確実にあります。
4方剤の使い分け早見表
| 方剤 | 主な体質 | 代表症状 | キーワード |
|---|---|---|---|
| 酸棗仁湯 | 虚証・疲労消耗型 | 疲れているのに眠れない、虚煩 | 入眠困難+日中疲労 |
| 加味逍遙散 | 中間〜やや虚・肝鬱 | 更年期、イライラ+のぼせ+不眠 | 女性・気分の波 |
| 抑肝散 | 中間〜虚・神経の高ぶり | 怒りっぽい、子どもの夜泣き、BPSD | 神経過敏 |
| 黄連解毒湯 | 実証・熱証 | 顔面紅潮、強いイライラ、のぼせ | 火照り+焦燥 |
これは目安です。実際の証(しょう)判定は舌・脈・腹診も含めて判断するため、漢方外来や薬剤師に相談してください。
酸棗仁湯——「疲れているのに眠れない」の第一選択
構成生薬と狙い
酸棗仁湯(さんそうにんとう)は『金匱要略』を出典とし、酸棗仁・甘草・茯苓・知母・川芎の5味で構成されます。主薬の酸棗仁は心肝の血を養い、知母が虚熱を冷まし、川芎で気血を巡らせ、茯苓が安神に働く——というのが伝統的な解釈です。
薬学的な機序の深掘り
現代薬理学の観点から各生薬の作用を整理すると以下のようになります。
- 酸棗仁(サンソウニン):主要成分はジュジュボシドA・Bとスピノシン(フラボノイド配糖体)。マウス・ラットを用いた試験では、GABA_A受容体への親和性が示されており、ベンゾジアゼピン系と類似した安神作用の機序が示唆されています。また5-HT(セロトニン)系への関与も報告されています。
- 茯苓(ブクリョウ):主成分はβ-パキマン(多糖体)。抗不安・鎮静作用が動物実験で示されており、中枢神経抑制に関与する可能性があります。
- 知母(チモ):ステロイドサポニン(サルササポゲニン配糖体)を含む。抗炎症・解熱作用のほか、コリン系への作用も研究されています。
- 川芎(センキュウ):テトラメチルピラジン(川芎嗪)が血管拡張・血小板凝集抑制に働き、脳血流改善に寄与する可能性があります。末梢循環改善が「寝つきやすい体温調節」を補助すると考えられています。
エキス製剤(顆粒)の場合、就寝直前(就寝30〜60分前)に服用するよう指導されることが多いですが、消化器症状のある人は食後投与でも可です。
適応のイメージ
- 体力は中等度以下、心身が消耗している
- 横になると考え事が止まらず眠れない(虚煩)
- 寝汗、夢が多い、日中の倦怠感
- ベンゾジアゼピン系を使うほどではないが眠れない高齢者
エビデンス
慢性不眠を対象としたランダム化比較試験(RCT)が中国を中心に複数あり、システマティックレビューでも睡眠潜時短縮や総睡眠時間延長の方向で報告されています。2021年に発表されたBirlingらのメタ解析(前掲)では、Pittsburgh Sleep Quality Index(PSQI)スコアの有意な改善が示されていますが、試験の質はばらつきがあり、欧米のガイドラインで第一選択として推奨される段階ではありません。日本でも医療用エキス製剤として不眠症への保険適用があり、処方医との連携下で使用されます。
加味逍遙散——更年期不眠のスタンダード
構成と特徴
柴胡・薄荷・当帰・芍薬・白朮・茯苓・甘草・生姜・牡丹皮・山梔子の10味。逍遙散に牡丹皮と山梔子を加えた処方で、肝鬱化火(ストレスによる気の滞りが熱に転じる状態)を整えます。
こんな人に
- 40代後半〜50代の女性、更年期前後
- イライラ・抑うつ・不安が日替わりで揺れる
- のぼせ・肩こり・月経前症候群(PMS)併存
- 寝つきが悪く、些細なことで目が覚める
更年期不眠ではホルモン補充療法(HRT)やSSRIも選択肢ですが、症状が軽〜中等度で「いきなり西洋薬は抵抗がある」段階での導入に向きます。
薬学的機序と薬物相互作用
加味逍遙散の中核成分について現代薬理の知見を補足します。
- 柴胡(サイコ):サイコサポニン類(サイコサポニンa, d)が主要活性成分。視床下部-下垂体-副腎系(HPA軸)の過活動を抑制し、コルチゾール過剰分泌を正常化する方向に作用すると考えられています。自律神経のバランス調整との関連が研究されています。
- 山梔子(サンシシ):ゲニポシドが主要成分で、抗炎症・抗酸化・鎮静作用が報告されています。ただし長期(数年単位)の連用で腸間膜静脈硬化症(大腸の血管が石灰化する病態)との関連が疫学的に指摘されており、5年以上の連続投与は避けることが推奨されています(腹痛・下痢・血便が出たら中止)。
- 薄荷(ハッカ):メントールを含み、軽い清熱・発散作用がある。揮発性成分であるため、煎じ薬では後から加えるのが原則。エキス製剤では成分の一部が変質している可能性があります。
注意すべき相互作用の視点:加味逍遙散はチトクロームP450(特にCYP3A4)に対する影響が一部の基礎研究で示されています。ただし臨床的に問題となるレベルかどうかは確立していないため、他の薬剤(特に免疫抑制薬・抗HIV薬・抗凝固薬)と併用する場合は医師・薬剤師に確認が必要です。
なお関連する疲労については[[kampo-fatigue-formulas]]も参照してください。
抑肝散——神経の高ぶりと夜間興奮
構成
柴胡・釣藤鈎・当帰・川芎・茯苓・白朮・甘草の7味。釣藤鈎が筋緊張・神経の高ぶりを鎮める要となります。
適応
- 怒りっぽい、ささいなことで爆発する
- 子どもの夜泣き・かんしゃく(古典的適応)
- 認知症のBPSD(行動・心理症状):徘徊・興奮・幻覚
薬学的機序の深掘り
抑肝散の中核生薬・釣藤鈎(チョウトウコウ)には、ロテカルピン・コリノキセインなどのアルカロイドが含まれます。これらは以下の神経薬理作用と関連が示されています。
- セロトニン(5-HT1A)受容体への作動作用:不安・焦燥の軽減に関与する可能性。
- グルタミン酸系(NMDA/AMPA受容体)の過活動抑制:神経の過剰興奮を抑制する方向に作用すると動物実験で示唆されています。
- グリア細胞(アストロサイト)を介したグルタミン酸トランスポーター活性化:過剰なシナプス間グルタミン酸を取り込み、神経毒性を軽減する機序が提唱されており、認知症BPSDへの効果仮説のひとつとなっています。
また、川芎に含まれるテトラメチルピラジンと当帰に含まれるリグスチリドは血流改善に働き、脳循環改善を通じた神経保護作用も考えられています。
エビデンス
抑肝散はBPSDを対象とした国内RCTが複数あり、興奮・易刺激性の改善が報告されています。Cochraneレビューでも検討対象になっていますが、エビデンスの確実性は中程度以下と評価されています。それでも、抗精神病薬の死亡リスク懸念がある高齢者で「まず試す」価値のある選択肢として処方される場面が増えました。
抑肝散陳皮半夏(よくかんさんちんぴはんげ)という派生処方もあり、胃腸が弱く吐き気・嘔吐を伴うタイプには陳皮・半夏を加えたこちらの処方が選ばれます。
注意:偽アルドステロン症
知名度が上がり処方が増えた一方、甘草を含むため偽アルドステロン症(低カリウム血症・浮腫・血圧上昇・脱力)の報告が目立っています。長期使用では定期的な血清カリウム測定が推奨されます。詳細は[[daily-kampo-side-effects-truth]]を参照。
黄連解毒湯——「熱がこもって眠れない」実証タイプ
構成
黄連・黄芩・黄柏・山梔子の4味。すべて清熱薬で、構成上きわめて寒涼性の強い処方です。
適応
- がっしり体型、暑がり、顔が赤い
- 強いイライラ、焦燥感、のぼせ
- 二日酔い、口内炎、鼻血を伴うこともある
- 寝つきが悪く、寝汗をかき、起きると口が苦い
虚証(冷え・疲労消耗)の人には不向きで、誤投与すると食欲不振や下痢を招きます。「実証で熱証」という限定的な使い方が前提です。
薬学的機序:ベルベリンを中心に
黄連解毒湯の最重要成分は黄連・黄柏に含まれるベルベリン(berberine)です。ベルベリンは近年、不眠との関連で複数の薬理経路が研究されています。
- モノアミン酸化酵素(MAO)阻害作用:MAO-Aを部分的に阻害することでセロトニン・ノルアドレナリンの分解を抑制し、気分安定・睡眠改善に寄与する可能性があります。
- 炎症性サイトカイン(IL-1β、TNF-α)抑制:神経炎症が不眠の背景にある場合(うつ関連不眠など)に関連する可能性。
- 腸内細菌叢への影響:ベルベリンは腸内細菌の組成を変化させることが知られており、腸-脳軸(gut-brain axis)を介した間接的な睡眠改善効果も研究されています(ただし臨床的確立はまだ不十分)。
黄芩(オウゴン)に含まれるバイカレイン・バイカリンも中枢神経への鎮静作用が動物実験で示されており、GABA_A受容体への親和性が報告されています。
長期使用の注意点
長期使用で間質性肺炎・肝障害の報告があります。山梔子の長期使用と腸間膜静脈硬化症の関連も近年指摘されており、5年以上の連用は避けるのが無難です。また、ベルベリンはCYP3A4・CYP2D6を阻害する可能性が基礎研究で示されているため、これらの酵素で代謝される薬剤(一部の抗不整脈薬・免疫抑制薬など)との併用には注意が必要です。
その他の安神剤
帰脾湯(きひとう)
人参・黄耆・白朮・茯苓・酸棗仁・竜眼肉・当帰・遠志・木香・甘草・生姜・大棗。心脾両虚(消耗+気血不足)に対応し、虚弱・貧血傾向・健忘・不眠を呈する人に。酸棗仁湯より「胃腸虚弱・食が細い」要素が強い場合に選びます。
遠志(オンジ)にはサポニン系成分が含まれ、去痰作用と記憶・認知機能への影響が研究されています。竜眼肉はスクロース・アデニンを含み、造血補助・滋養に働くとされます。健忘・物忘れを伴う不眠には帰脾湯が酸棗仁湯より適していることがあります。
柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
ストレス過多の実証タイプで、動悸・不安・胸脇苦満(季肋部の張り)・便秘を伴う不眠に。竜骨・牡蛎が安神鎮静に働きます。一部のエキス製剤には大黄が含まれ、便秘傾向の人に向くタイプです。
竜骨(リュウコツ:哺乳動物の化石骨)と牡蛎(ボレイ:カキの貝殻)は炭酸カルシウムを主体とし、カルシウムイオンの神経膜安定化作用が伝統的な安神効果の現代的解釈のひとつです。
桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)
柴胡加竜骨牡蛎湯の虚弱版。線が細く疲れやすい人の動悸・不眠・遺精・神経過敏に。桂枝は末梢血流を改善し、体表を温める働きがあり、冷え性を伴う虚弱者の不眠に対応します。
4方剤+αの位置取り(拡張版)
| 方剤 | 体力 | 主訴の核 | 甘草含有 | 主な注意 |
|---|---|---|---|---|
| 黄連解毒湯 | 実 | 熱・焦燥・のぼせ | なし | 腸間膜静脈硬化症(長期)、冷え体質禁忌 |
| 柴胡加竜骨牡蛎湯 | 中〜実 | 不安・動悸・便秘 | あり(少量) | 大黄含有製品は下痢に注意 |
| 抑肝散 | 中 | 神経の高ぶり・易怒 | あり | 偽アルドステロン症、長期は電解質管理 |
| 加味逍遙散 | 中〜虚 | 気分の波・更年期 | あり | 腸間膜静脈硬化症(長期)、CYP相互作用 |
| 桂枝加竜骨牡蛎湯 | 虚 | 線が細く動悸・遺精 | あり | 偽アルドステロン症 |
| 帰脾湯 | 虚 | 健忘・貧血・消耗 | あり | 偽アルドステロン症、胃腸症状 |
| 酸棗仁湯 | 虚 | 疲労+虚煩不眠 | あり | 偽アルドステロン症(量少なめだが注意) |
西洋睡眠薬とのポジショニング
第一選択は薬ではない
不眠症診療ガイドラインの基本方針はシンプルです。
- 睡眠衛生指導(カフェイン・アルコール・光環境・就床時刻の固定)
- 認知行動療法(CBT-I):刺激制御法・睡眠制限法
- それでも改善しない場合に薬物療法
CBT-Iは不眠症に対する第一選択の非薬物治療として国際的に推奨されています。ただし提供できる施設が限られ、現実には薬物療法が先行しがちです。
薬物療法の選択肢と作用機序の比較
| 分類 | 代表成分名 | 主な作用機序 | 依存性 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 非ベンゾ系(Z-drug) | ゾルピデム・エスゾピクロン | GABA_A受容体(ω1サブユニット選択)増強 | 中〜あり | 健忘・体動・依存リスク |
| ベンゾジアゼピン系 | ブロチゾラム等 | GABA_A受容体全般的増強 | 高い | 転倒・認知機能低下・筋弛緩 |
| メラトニン受容体作動薬 | ラメルテオン | MT1/MT2受容体作動(概日リズム調整) | ほぼなし | 効果はマイルド、入眠に特化 |
| オレキシン受容体拮抗薬 | スボレキサント・レンボレキサント | OX1R/OX2R遮断(覚醒抑制) | 低い | 悪夢・入眠時幻覚・翌日眠気 |
| 漢方 | 上記方剤 | 多標的(GABA/セロトニン/自律神経等) | ほぼなし | 体質不適合、甘草副作用 |
漢方薬は特定の受容体だけを標的とする西洋薬と異なり、多数の生薬成分が複数の神経系に同時に作用する「多標的・低親和性」の薬理プロファイルを持ちます。これが「副作用が少ない」と言われる理由の一端ですが、同時に「効果の予測が難しい」理由にもなります。
時差ボケ・出張時の頓用については[[jetlag-sleep-aid-bzd-z-orexin]]を参照してください。
漢方の現実的な使いどころ
- 軽症で薬物に抵抗がある人の初期介入
- 西洋睡眠薬を使うほどではないが、ストレス・更年期で揺れている人
- 高齢者でベンゾ系の転倒・せん妄リスクを避けたい場面(抑肝散・酸棗仁湯)
- ベンゾ減薬の補助として上乗せ(医師管理下)
「漢方なら依存性がない」は半分正解、半分誤解です。確かに耐性・依存は形成しにくいですが、慢性的に長期使用することは推奨されません。原因(ストレス・生活習慣・基礎疾患)にアプローチしながら、必要な期間に限定して使うのが原則です。
服用タイミングと実用的な指導のポイント
漢方エキス製剤は一般に食前または食間(食後2時間前後)の服用が指示されることが多いですが、不眠に使う場合の実際的な注意点を整理します。
| 方剤 | 推奨タイミング(目安) | 実用上のポイント |
|---|---|---|
| 酸棗仁湯 | 就寝30〜60分前(1日1回夜のみでも可) | 就寝直前投与が多い。消化器症状があれば食後でも可 |
| 加味逍遙散 | 食前または食間、1日2〜3回 | 長期使用になりやすいため証の再評価を定期的に |
| 抑肝散 | 食前または食間、1日3回 | 夕食前+就寝前の2回投与で用いる場合もある |
| 黄連解毒湯 | 食前または食間 | 冷え体質には不向き。夏場の不眠に向くことも |
| 帰脾湯 | 食前または食間 | 午後〜夕方の服用で夜の安眠を補助 |
併用と切り替え
漢方とベンゾ・Z-drug・オレキシン拮抗薬の併用は薬理的に大きな問題はなく、臨床では普通に行われます。ただし、
- 減薬目的で漢方を上乗せする戦略は、自己判断ではなく医師管理下で行う
- 急なベンゾ中止は反跳性不眠・離脱症状を生むため漸減が必須
- 抑肝散+利尿薬・甘草含有他剤の併用では低カリウム血症に注意
- スボレキサントはCYP3A4で代謝されるため、黄連解毒湯(ベルベリンによるCYP3A4阻害)との組み合わせには注意が必要(現時点では臨床的影響の大きさは確立していないが、過度の眠気等が出た場合は医師・薬剤師に相談)
安全性の核心
甘草含有処方
加味逍遙散・抑肝散・酸棗仁湯・帰脾湯・桂枝加竜骨牡蛎湯——本稿で挙げたほとんどの方剤に甘草が含まれます。甘草の主要有効成分であるグリチルリチン酸は、副腎皮質ホルモンであるアルドステロンの代謝酵素(11β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素2型:11β-HSD2)を阻害します。これによって腎集合管でのナトリウム再吸収・カリウム排泄が促進され、偽アルドステロン症(高血圧・浮腫・低K血症・脱力・横紋筋融解症)が生じます。
- 高血圧・心不全・高齢者は要注意
- 漢方を複数併用すると甘草量が積み上がる(いわゆる「甘草の重複」)
- 利尿薬(チアジド系・ループ利尿薬)・グリチルリチン製剤との併用でリスク上昇
- 「だるい・足がつる・むくむ」は中止し受診のサイン
処方ごとの甘草含有量(エキス製剤1日量の目安)はメーカーや製品により異なりますが、1日2〜3gのグリチルリチン摂取が問題になるとされており、複数製剤の併用時は合算量に注意が必要です。詳細は[[daily-kampo-side-effects-truth]]を参照してください。
黄連解毒湯の注意
長期使用で間質性肺炎・肝障害の報告があります。山梔子の長期使用と腸間膜静脈硬化症の関連も近年指摘されており、5年以上の連用は避けるのが無難です。また、山梔子を含む処方(加味逍遙散も同様)では、原因不明の腹痛・下痢・血便が出た場合は速やかに医師に相談する必要があります。
妊娠・授乳・小児・高齢者
| 対象 | 主な注意点 |
|---|---|
| 妊婦 | 当帰・牡丹皮(子宮収縮促進の可能性)・大黄含有処方は慎重〜禁忌のものあり。自己判断不可。必ず産科・漢方専門医に相談 |
| 授乳中 | 黄連・黄柏に含まれるベルベリンが乳汁移行する可能性。基本的に医師相談 |
| 小児 | 抑肝散は古くから夜泣きに使われるが、甘草の偽アルドステロン症リスクは成人より低体重ゆえ相対的に高まりうる。量と期間は処方医に委ねる |
| 高齢者 | 甘草の偽アルドステロン症(腎機能低下でリスク上昇)、黄連解毒湯の冷えすぎ(食欲不振・体温低下)、転倒リスクに注意。ベンゾ系より漢方が選ばれる場面は増えているが、過信は禁物 |
睡眠衛生——漢方と並行して必ず実践すること
薬物(漢方を含む)は睡眠衛生の土台があってはじめて最大効果を発揮します。以下は最低限のポイントです。
就寝前に避けること
- カフェイン:半減期は個人差があるが平均5〜6時間。午後2〜3時以降は控える目安
- アルコール:入眠を早めても睡眠の後半を浅くし、中途覚醒を増やす
- 強い光(特に青色光):就寝1〜2時間前からスクリーン輝度を落とす。ブルーライトはメラトニン分泌を抑制する
- 激しい運動:就寝3時間以内の高強度運動は覚醒を高める
睡眠環境の最適化
- 室温18〜22℃程度(個人差あり)、湿度50〜60%
- 遮光カーテンで光を遮断(特に早朝覚醒タイプ)
- 騒音対策(耳栓・ホワイトノイズ)
認知行動療法(CBT-I)の核心技法
CBT-Iは慢性不眠症に対してベンゾジアゼピン系と同等以上の長期効果があることが示されており、再発予防効果に優れます。主要技法は以下です。
- 刺激制御法:ベッドは眠るときだけ使う(読書・スマホは別の場所で)
- 睡眠制限法:実際の睡眠時間に合わせてベッドにいる時間を絞り、睡眠圧を高める(専門家指導下が望ましい)
- 認知再構成:「眠れなければ翌日ダメになる」という破局的思考を修正する
漢方で不眠を軽減しながら、並行してCBT-Iの技法を導入していくことが最も合理的な戦略の一つです。
受診の目安と慢性化
不眠が慢性化したときの判断について、要点を整理します。
- 2週間以上続く不眠+日中の機能低下→受診
- うつ症状を伴う→精神科・心療内科
- 強いいびき・無呼吸の指摘→睡眠外来でPSG(睡眠ポリグラフィ)
- ベンゾ長期使用中で不安→主治医と漸減計画を
慢性不眠(3か月以上)では、睡眠外来・心療内科・漢方外来を組み合わせた多職種連携が有効です。かかりつけ薬剤師に相談することで、服用中の他剤との相互作用チェックや、甘草の重複確認なども行えます。睡眠問題が長引いている場合の全般的な対処については[[sleep-problems-when-to-see-doctor]]も参照してください。
まとめ
- 不眠はタイプ別(入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒・熟眠障害)に切り分けることで漢方の選択肢が見える
- 漢方の病態分類(血虚・肝鬱化火・痰熱)は体質判定の実践的ツール
- 酸棗仁湯:疲れているのに眠れない虚証。就寝前投与が基本
- 加味逍遙散:更年期女性のイライラ+不眠。長期使用時は腸間膜静脈硬化症に注意
- 抑肝散:神経の高ぶり、BPSDにエビデンスあり。偽アルドステロン症に注意
- 黄連解毒湯:実証で熱・焦燥が強いタイプ。虚証・冷え体質には不向き
- 第一選択は睡眠衛生+CBT-I、薬物(漢方含む)は補助
- 甘草の重複に注意し、長期連用は定期的な証の再評価が必要
- 西洋睡眠薬との薬理的な違いを理解したうえで、医師・薬剤師と相談しながら使う
免責事項
本記事は薬学・医学情報の提供を目的とした一般向け解説であり、個別の診断・治療を代替するものではありません。漢方薬も医薬品であり、体質・併用薬・基礎疾患により適否が変わります。実際の使用にあたっては医師・薬剤師にご相談ください。重大な症状や持続する不眠は医療機関を受診してください。
参考文献
-
日本睡眠学会「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」
https://www.jssr.jp/data/pdf/suiminyaku-guideline.pdf -
厚生労働省「重篤副作用疾患別対応マニュアル 偽アルドステロン症」
https://www.pmda.go.jp/files/000144967.pdf -
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)「医療用漢方製剤の添付文書」(各方剤)
https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuSearch/ -
Birling Y, et al. "Suanzaorentang for chronic insomnia: a systematic review and meta-analysis." Phytomedicine. 2021.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33652259/ -
Iwasaki K, et al. "A randomized, observer-blind, controlled trial of the traditional Chinese medicine Yi-Gan San for improvement of behavioral and psychological symptoms and activities of daily living in dementia patients." Journal of Clinical Psychiatry. 2005.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16259543/ -
Riemann D, et al. "European guideline for the diagnosis and treatment of insomnia." Journal of Sleep Research. 2017.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28875581/ -
厚生労働省「腸間膜静脈硬化症に関する安全性速報(ブルーレター)」
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/iyaku_t/dl/131204-01.pdf
監修: 薬剤師(博士(薬学))