「 葛根湯 🛒が効くと聞いたから飲んだのに、汗がだらだら出るばかりで悪化した」——漢方薬局の窓口でしばしば耳にする訴えです。同じ風邪のひきはじめでも、葛根湯が合う人と桂枝湯が合う人がいる。市販の風邪薬では起きにくいこの「合う・合わない」の差を、漢方では「証(しょう)」という概念で整理します。
本記事では、漢方の体質判定の根幹である「実証/虚証」「寒証/熱証」「気血水」の三本柱を、できるだけ西洋医学の言葉に翻訳しながら解説します。自己判定の目安も提示しますが、最終的な処方判断は医師・薬剤師に委ねていただくことを前提にお読みください。
「証」とは何か——体質+病態+病期の総合判定
西洋医学では「インフルエンザA型」「胃食道逆流症」のように疾患名で診断し、原則として同じ疾患には同じ治療が適用されます。一方、漢方の「証」は次の三つを総合した判定です。
- 体質(普段の体力・冷えやすさ・消化機能など、いわゆる constitution)
- 病態(今どこにどんな異常が出ているか)
- 病期(病気の進行段階。風邪なら発症直後か、こじれて数日経ったか)
つまり「証」とは、「この人の、今この瞬間の状態に最も合う処方を選ぶための分類軸」です。西洋医学が「個人差」と片付けがちな部分を、漢方は数千年かけて分類体系化してきたとも言えます。
証と西洋医学的概念の対応——薬学的補足
「証」は抽象的な概念に見えますが、近年の薬理研究によって一部の対応関係が科学的に示されつつあります。たとえば虚証と実証の違いは、自律神経のトーン(副交感神経優位か交感神経優位か)や、サイトカインプロファイルの差異として研究されています。また寒証・熱証には、基礎代謝率や甲状腺ホルモンの活性、末梢循環の差異が関係していることが示唆されています。
これは漢方が「科学的に証明された」という意味ではなく、「伝統的な分類体系が生物学的な基盤を持つ可能性がある」という段階です。しかし薬剤師として重要なのは、証の判定が処方選択のミスマッチを防ぐ実践的ツールである点です。証を無視した処方選択は、効果不足にとどまらず副作用リスクを高めます。
主な軸は以下の三組です。
- 虚実(きょじつ): 体力・反応力の強弱
- 寒熱(かんねつ): 体内の温度バランス
- 気血水(きけっすい): エネルギー・血液・水分の偏り
さらに上記に加えて、病変の部位を示す**表裏(ひょうり)**の概念も重要です。「表証」は体表・皮膚・筋肉レベルの病変(感冒初期など)、「裏証」は消化器・内臓レベルの病変を指します。風邪薬の代表である葛根湯は「表証」に作用し、消化器症状を主体とする半夏瀉心湯は「裏証」に働くという整理が実務上役立ちます。
実証と虚証——体力と抵抗力の軸
実証(じっしょう)
体力中等度以上で、病気に対して身体が激しく反応するタイプです。西洋医学的には、免疫応答や交感神経反応が強く出やすい状態と理解するとイメージしやすいでしょう。
- 体格はがっしり、顔色は良好または赤みがある
- 声に張りがある、便秘傾向、汗はかきにくいか急にどっとかく
- 症状が激しい(高熱・強い悪寒・強い痛み)
この体質に向くのは、麻黄(まおう)を含む発汗作用の強い処方群です。代表は葛根湯、麻黄湯、大青竜湯(だいせいりゅうとう)系。「身体の余力で病邪を一気に押し出す」という発想です。
麻黄の薬学的解説
麻黄の主要有効成分はエフェドリン(ephedrine)およびプソイドエフェドリン(pseudoephedrine)です。これらはアドレナリン受容体刺激作用(α1・β1・β2)を持ち、気管支拡張・発汗促進・心拍数増加・血圧上昇をもたらします。葛根湯に含まれる麻黄の一日量は目安として3g前後(製品・エキス比により異なる)ですが、MAO阻害薬との併用で高血圧クリーゼを引き起こす可能性があり、テオフィリン製剤との併用でも中枢神経興奮が増強する可能性があります。また、エフェドリンはドーピング禁止物質にも指定されているため、競技スポーツ選手は使用前に確認が必要です。
虚証(きょしょう)
体力が低下し、反応も穏やかなタイプ。慢性疲労や術後、加齢、長期の食欲不振などで虚証に傾きます。
- 痩せ型または水太り、顔色は青白いか黄ぐすみ
- 声が小さい、軟便・下痢傾向、寝汗や自然発汗が多い
- 症状はだらだらと長引き、激しさに欠ける
向くのは桂枝湯、桂枝加芍薬湯、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)など、補う作用を中心とした処方です。麻黄を含む処方を虚証の人に使うと、発汗過多で消耗し、動悸・不眠・血圧上昇を招くことがあります。
補剤(ほざい)の薬学的背景
補中益気湯や十全大補湯に代表される「補剤」は、黄耆(おうぎ)・人参(にんじん)・白朮(びゃくじゅつ)などを中心に構成されます。黄耆の主成分であるアストラガロシドや多糖類には、自然免疫賦活作用・抗疲労作用が基礎研究レベルで示されています。人参(Panax ginseng)のジンセノサイド類は、HPA軸(視床下部–下垂体–副腎系)の調節を介してストレス耐性を高める可能性が報告されています。これらは「気を補う」という漢方概念に、現代薬理学からのアプローチが重なりつつある領域です。
中間証——多くの日本人はここ
実は、虚実が明確に振り分けられる人は少数派で、多くの日本人は中間証(虚実間証)です。市販の漢方が「体力中等度の方に」と表記するのはこの層を想定しています。迷ったら中間証向けの処方(小柴胡湯、柴胡桂枝湯、半夏瀉心湯など)から検討するのが実務的です。
なお、同一人物でも体調・年齢・季節によって証は変動します。若い頃は実証だった方が、加齢・慢性疾患の進行・術後状態などで虚証に移行することはよくあります。「昔効いた処方が最近効かない」という訴えの背景には、証の変化がある場合が少なくありません。
寒証と熱証——体内の温度バランス
寒証(かんしょう)
身体を温める力が不足し、冷えが症状の中心にある状態です。
- 手足が冷たい、寒がり、温かい飲食物を好む
- 顔色が青白い、尿は透明で量が多い
- 下痢、生理痛が温めると楽になる、舌の色が淡い
向く生薬は附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、桂皮(けいひ)、呉茱萸(ごしゅゆ)など。代表処方は当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)、人参湯、真武湯(しんぶとう)、八味地黄丸など。
附子の薬学的解説と安全性
附子(ブシ)の主成分はアコニチン(aconitine)などのジテルペンアルカロイドです。生の附子は強い毒性を持ちますが、加熱処理(炮製)によってアコニチンがより毒性の低いベンゾイルアコニンへと加水分解されます。市販のエキス製剤では炮製済みの加工附子が用いられており、一般用漢方の用量範囲内では重篤な中毒は稀ですが、過剰摂取や生薬の自己調達では口唇・四肢のしびれ、不整脈、血圧低下などの中毒症状を引き起こします。また、附子含有処方は強心薬(ジゴキシン等)との相互作用が懸念されるため、循環器疾患で治療中の方は医師・薬剤師への相談が必須です。
熱証(ねっしょう)
身体に余分な熱がこもっている状態。炎症性疾患や更年期のほてり、ストレスからの自律神経興奮などで現れます。
- ほてり、のぼせ、赤ら顔、冷たい飲食物を好む
- 口渇、便秘、尿は濃い色で量が少ない
- 舌が赤く、苔が黄色い
向く生薬は石膏(せっこう)、黄連(おうれん)、黄芩(おうごん)、山梔子(さんしし)など。代表処方は黄連解毒湯、白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)、三黄瀉心湯など。
清熱薬(せいねつやく)の薬学的背景
黄連の主成分ベルベリン(berberine)は、in vitroレベルで広範な抗菌作用・抗炎症作用が報告されており、腸管内でのAMPK活性化を介したグルコース代謝改善作用も研究されています。黄芩の主成分バイカリン(baicalin)・バイカレイン(baicalein)は、NF-κB経路を介した抗炎症作用が示唆されています。ただしこれらは「熱証を呈する炎症状態」という特定の適応で用いられるものであり、体質が合わない(寒証の)方に使用すると消化器症状の悪化、食欲低下、冷えの増悪を招くことがあります。
また、山梔子(クチナシ)を含む処方(防風通聖散、加味逍遙散など)の長期服用では腸間膜静脈硬化症(大腸への血流障害による腹痛・便秘・下痢)の報告があります。PMDAから安全性情報が発出されており、5年以上の長期服用者では定期的な腹部症状の確認が必要です。
寒証の人に黄連解毒湯のような寒涼薬を使うと冷えが悪化し、熱証の人に附子剤を使うとのぼせ・動悸が増悪します。寒熱の判定は副作用回避の観点でも重要です。
上熱下寒——見落としやすい混在型
「熱証」と「寒証」が同一人物に混在するケースも少なくありません。「上熱下寒(じょうねつかかん)」と呼ばれる状態で、顔や上半身はのぼせてほてるが、腰から下・足先は冷えているというパターンです。更年期女性や自律神経失調状態に多く見られます。この場合、単純な寒涼薬・温熱薬のどちらかを選ぶと片方の症状が悪化するため、温清飲(おんせいいん)や桂枝茯苓丸のような「温と清を兼ね備えた処方」が選択される場面があります。自己判定では見分けが難しいタイプのひとつです。
気血水——三つの要素の過不足
漢方は、生命活動を「気・血・水」の三要素で捉えます。
| 要素 | 西洋医学的なイメージ | 不足(虚) | 停滞・過剰 |
|---|---|---|---|
| 気 | 自律神経・代謝・元気 | 気虚(疲労・食欲不振) | 気滞(抑うつ・げっぷ・喉のつかえ) |
| 血 | 血液・栄養・ホルモン | 血虚(貧血・乾燥・不眠) | 瘀血(おけつ/月経痛・しみ・固定痛) |
| 水 | 体液・リンパ・浮腫 | (津液不足) | 水滞・水毒(むくみ・めまい・痰) |
代表的な処方の例(目安)です。
- 気虚: 補中益気湯、四君子湯、六君子湯
- 気滞: 半夏厚朴湯、香蘇散、加味逍遙散(血虚も兼ねる)
- 血虚: 四物湯、当帰芍薬散(水滞も兼ねる)
- 瘀血: 桂枝茯苓丸、桃核承気湯、通導散
- 水滞: 五苓散、苓桂朮甘湯、防已黄耆湯
実際の患者さんは「気虚+血虚+水滞」のように複数が重なっていることが大半で、加味逍遙散や当帰芍薬散のような複合的な処方が日本人によく合うのはそのためです。
気血水の概念を深掘りする——薬学的視点
瘀血(おけつ)と血液レオロジー
瘀血は「血の流れが滞った状態」と定義されますが、西洋医学的には微小循環障害、血液粘度の上昇、血小板凝集能亢進などに相当すると考えられています。桂枝茯苓丸の主要成分である桃仁(とうにん)にはアミグダリンが、牡丹皮(ぼたんぴ)にはパエオノールが含まれ、後者はin vitroで血小板凝集抑制・抗炎症作用が示されています。
重要な薬物相互作用として、ワルファリンとの併用が挙げられます。桂枝茯苓丸や当帰芍薬散などの瘀血改善処方を抗凝固薬と併用すると、出血傾向が増強する可能性があります。服用中の方は必ず担当医・薬剤師に申告してください。
水滞(すいたい)とアクアポリン
水滞は体液分布の偏りを指します。五苓散の主要成分である猪苓(ちょれい)・沢瀉(たくしゃ)・茯苓(ぶくりょう)などには利水作用があり、近年の研究ではアクアポリン(水チャネルタンパク)の発現調節に関与する可能性が検討されています。五苓散は二日酔い・頭痛・めまいなど水滞が関与する多様な症状に用いられますが、腎機能低下患者では電解質バランスへの影響に注意が必要です。
気血水と症状のマッピング(目安)
| 症状 | 主に関係する概念 | 代表処方例 |
|---|---|---|
| 慢性疲労・声が小さい・食欲不振 | 気虚 | 補中益気湯・六君子湯 |
| 喉のつかえ感・不安感・抑うつ | 気滞 | 半夏厚朴湯・香蘇散 |
| 顔色が悪い・爪が割れる・不眠 | 血虚 | 四物湯・加味帰脾湯 |
| 月経痛・肩こり(固定した痛み)・しみ | 瘀血 | 桂枝茯苓丸・桃核承気湯 |
| むくみ・めまい・水様下痢 | 水滞 | 五苓散・当帰芍薬散 |
| のぼせ・口渇・濃い尿 | 津液不足(熱証) | 白虎加人参湯・麦門冬湯 |
自己判定の目安——あくまで概略
下表は、薬局窓口でも参考にする簡易判定の目安です。複数項目を見て総合判断してください。
| 項目 | 実証寄り | 虚証寄り |
|---|---|---|
| 体力 | 中等度〜強い | 弱い・疲れやすい |
| 体格 | がっしり | 痩せ型または水太り |
| 顔色 | 赤み・つやあり | 青白い・くすむ |
| 声 | 大きい | 小さい |
| 便通 | 便秘傾向 | 軟便・下痢傾向 |
| 食欲 | 旺盛 | むらがある・少食 |
| 汗 | かきにくい/急に大量 | じわっと出やすい・寝汗 |
| 精神症状 | イライラ・興奮 | 不安・落ち込み |
| 項目 | 寒証寄り | 熱証寄り |
|---|---|---|
| 手足 | 冷たい | ほてる |
| 飲食の好み | 温かいもの | 冷たいもの |
| 口渇 | 少ない | 強い |
| 尿 | 透明・多い | 濃い・少ない |
| 舌の色 | 淡い・白い苔 | 赤い・黄色い苔 |
舌診・脈診・腹診——漢方ならではの診察
舌診(ぜっしん)——自宅でも観察できる
舌は粘膜が薄く、全身状態を映し出しやすい部位です。自宅でできる範囲ですが、次の三点を見ます。
- 舌の色: 淡白なら血虚・寒証、紅なら熱証、紫がかれば瘀血
- 苔(こけ): 白く薄いのが正常、黄苔は熱、厚い苔は水滞や消化不良
- 形・歯痕: 舌のふちに歯型がつくのは水滞・気虚のサイン
スマートフォンで朝起きてすぐ(飲食・歯磨き前)、自然光下で撮影し、薬剤師に見せると相談がスムーズです。コーヒー・カレー・色つき飴の直後は判定不能なので避けてください。
舌診チェックリスト(目安)
| 観察項目 | 所見 | 推定される証 |
|---|---|---|
| 舌全体の色 | 淡白(薄いピンク〜白) | 血虚・寒証 |
| 舌全体の色 | 紅(鮮やかな赤) | 熱証・陰虚 |
| 舌全体の色 | 暗紫・斑点 | 瘀血 |
| 苔の色 | 白・薄い | 正常または寒証 |
| 苔の色 | 黄色・厚い | 熱証・消化不良 |
| 苔の状態 | ない(剥落) | 陰虚・津液不足 |
| 舌の形 | ふちに歯痕 | 水滞・気虚 |
| 舌の形 | 腫脹(大きくてぽってり) | 水滞・痰湿 |
脈診・腹診——専門領域
脈診(脈の浮沈・遅数・強弱)と腹診(胸脇苦満、心下痞硬、小腹急結など)は、漢方医や漢方に精通した薬剤師の領域です。柴胡剤の適否(胸脇部の抵抗・圧痛)、瘀血の判定(左下腹部の圧痛)など、処方選択を大きく左右する所見が得られます。自己判定は困難なため、長期に漢方を使う方は一度は専門家の診察を受けることをおすすめします。
腹診で特に重要な所見をまとめます。
- 胸脇苦満(きょうきょうくまん): 季肋部(わき腹から肋骨の下)の抵抗・張り。柴胡剤(小柴胡湯・大柴胡湯・柴胡桂枝湯など)の適応を示唆
- 心下痞硬(しんかひこう): みぞおちの硬さや抵抗感。半夏瀉心湯や黄連解毒湯の指標になることがある
- 小腹急結(しょうふくきゅうけつ): 下腹部(特に左)の圧痛・緊張。瘀血の指標であり桃核承気湯や桂枝茯苓丸の適応を検討する
具体例で見る証の違い
例1: 風邪のひきはじめ
| 状況 | 適する処方の目安 |
|---|---|
| 悪寒+汗なし+体力ある+ぞくぞくする | 葛根湯・麻黄湯(実証・寒・表証) |
| 悪寒+じわっと汗が出る+虚弱・高齢 | 桂枝湯(虚証・寒・表証) |
| 悪寒よりだらさ+胃腸症状 | 香蘇散・参蘇飲(虚証・気滞) |
葛根湯と麻黄湯は麻黄を含むため、心疾患・高血圧・甲状腺機能亢進症・前立腺肥大のある方や高齢者では動悸・不眠・尿閉のリスクがあります。また、いずれも甘草を含み、長期・多量で偽アルドステロン症(低カリウム血症・浮腫・血圧上昇)のリスクがあるため、複数の漢方を併用する場合は薬剤師に相談してください。
甘草と偽アルドステロン症——薬剤師として必ず押さえるポイント
甘草(かんぞう)の主成分グリチルリチン(glycyrrhizin)は腸内細菌によって加水分解されてグリチルレチン酸(glycyrrhetic acid)となり、これが腎臓の11β-HSD2(コルチゾールを不活化する酵素)を阻害します。結果としてコルチゾールがミネラルコルチコイド受容体に過剰に作用し、ナトリウム貯留・カリウム排泄亢進が起きます。これが偽アルドステロン症の機序です。
複数の漢方製剤を併用すると甘草の一日摂取量が増加しやすく、サイアザイド系利尿薬・ループ利尿薬との併用では低カリウム血症がさらに増悪するリスクがあります。市販の漢方に含まれる甘草の量はエキス製剤によって異なりますが、複数製剤の重複使用は薬剤師への確認が不可欠です。
詳しくは関連記事 [[kampo-cold-onset-formulas]] をご参照ください。
例2: 不眠
| タイプ | 適する処方の目安 |
|---|---|
| 実証・イライラ・のぼせ・赤ら顔 | 黄連解毒湯、三黄瀉心湯 |
| 虚証・疲労・寝つけない・夢が多い | 酸棗仁湯(さんそうにんとう) |
| 中間〜虚・不安・動悸・神経過敏 | 加味帰脾湯、柴胡加竜骨牡蛎湯 |
同じ「眠れない」でも、ほてって眠れない実熱タイプに酸棗仁湯を使っても効果は乏しく、疲弊した虚証に黄連解毒湯を使えばかえって冷えと消化不良を招きます。
詳細は [[kampo-insomnia-formulas]] を参照してください。慢性疲労タイプは [[kampo-fatigue-formulas]] も参考になります。
例3: 胃腸症状での証の分岐
同じ「胃もたれ・食欲不振」でも、証によって処方は大きく異なります。
| 状況 | 証のタイプ | 適する処方の目安 |
|---|---|---|
| 胃もたれ・食べると胃が重い・気力低下 | 気虚・虚証 | 六君子湯 |
| みぞおちのつかえ感・げっぷ・悪心 | 気滞・中間証 | 半夏瀉心湯 |
| ストレス性の食欲不振・喉のつかえ感 | 気滞・やや虚証 | 半夏厚朴湯 |
| 食欲旺盛なのに下腹部膨満・便秘 | 実証・熱証 | 大柴胡湯・防風通聖散 |
漢方薬の主な副作用と相互作用——薬剤師として整理
証の適否とは別に、薬学的な副作用・相互作用の知識は安全使用のために不可欠です。以下に主要なものを整理します。
主な副作用一覧(目安)
| 原因生薬・成分 | 代表的な副作用 | 特に注意が必要な方 |
|---|---|---|
| 麻黄(エフェドリン) | 動悸・不眠・血圧上昇・排尿障害 | 心疾患・高血圧・甲状腺機能亢進症・前立腺肥大・高齢者 |
| 甘草(グリチルリチン) | 偽アルドステロン症(低K・浮腫・高血圧) | 利尿薬服用中・腎機能低下・高齢者 |
| 附子(アコニチン) | 口唇しびれ・動悸・血圧低下(過剰時) | 循環器疾患・強心薬服用中 |
| 山梔子 | 腸間膜静脈硬化症(長期服用) | 5年以上の長期服用者 |
| 大黄(センノシド) | 下痢・腹痛・習慣性(長期時) | 妊婦・授乳中・腸閉塞の疑い |
| 黄芩 | 間質性肺炎(小柴胡湯で報告) | 肝硬変・慢性肝炎(インターフェロン併用禁忌) |
注意すべき薬物相互作用(目安)
| 漢方処方 | 注意すべき西洋薬 | 相互作用の概要 |
|---|---|---|
| 甘草含有処方全般 | サイアザイド系・ループ利尿薬 | 低カリウム血症の相加的増強 |
| 麻黄含有処方 | MAO阻害薬・テオフィリン | 血圧上昇・中枢神経興奮の増強 |
| 当帰・桃仁含有処方 | ワルファリン | 抗凝固作用の増強(出血リスク) |
| 附子含有処方 | ジゴキシン・抗不整脈薬 | 不整脈リスクの変動 |
| 小柴胡湯 | インターフェロン製剤 | 間質性肺炎のリスク増大(禁忌) |
これらはあくまで目安であり、個々の状況によって判断が異なります。西洋薬との併用は必ず医師・薬剤師に確認してください。
自己判定の限界——過信は禁物
体質判定は便利な道具ですが、次の限界があります。
- 重複する証: ほとんどの人は「気虚+血虚」「寒+水滞」のように複数の証を併せ持つ
- 加齢・季節で変化: 若い頃実証だった人が中年以降に虚証へ移行することはよくある
- 病期で変わる: 同じ人でも風邪初日と3日目では選ぶ処方が異なる
- 自己診断の誤差: 「自分は冷え性」と思っていても、実は熱がこもっている上熱下寒のことも
加えて、漢方で対応すべきでない症状を漢方で粘ってしまうリスクも重要です。次のような症状は漢方の前に医療機関の受診を優先してください。
- 38.5℃以上が3日以上続く高熱、意識障害、強い頭痛と嘔吐(細菌感染・髄膜炎・脳出血など)
- 急激な体重減少、血便・黒色便、長引く咳と血痰(悪性腫瘍などの除外が必要)
- 突然の胸痛、呼吸困難、片麻痺・構音障害(心筋梗塞・脳卒中)
漢方は「未病」や慢性的な不調の調整に強みがありますが、急性で重篤な疾患を見落とす危険は常にあります。漢方と西洋医学の使い分けの考え方は [[kampo-intro-vs-western-medicine]] に整理しました。
妊婦・小児・高齢者は必ず相談
- 妊婦: 大黄、桃仁、紅花、芒硝、附子などを含む処方は原則避ける。安易な自己判断は禁物
- 小児: 体重あたりの用量調整が必要。麻黄含有処方は特に慎重に
- 高齢者: 甘草による偽アルドステロン症、麻黄による循環器負荷、利尿薬や降圧薬との相互作用に注意
これらの方々は、市販の漢方であっても購入前に薬剤師へ相談してください。
なお、小児への漢方処方は体重による用量調整が一般的ですが、日本の一般用漢方製剤の承認基準では年齢区分(15歳未満、7歳未満など)が設定されています。5歳未満の幼児への使用は特に慎重を要します。
まとめ
- 漢方の「証」は、体質+病態+病期を統合した個別最適化の判定軸
- 虚実(体力)、寒熱(温度バランス)、気血水(要素の過不足)の三本柱で考える
- 同じ症状でも証が異なれば処方は変わる。「効くと聞いたから」で選ぶと逆効果になり得る
- 自己判定は目安まで。舌の写真を撮って薬剤師に相談するのが現実的な落としどころ
- 麻黄含有処方は心疾患・高齢者で慎重に、甘草は偽アルドステロン症に注意
- 附子・山梔子・大黄などは薬学的にリスクを持つ生薬であり、西洋薬との相互作用にも留意する
- 急性で重篤な症状や妊婦・小児・高齢者は必ず医療機関・薬剤師へ
「自分はどの証か」を完璧に当てる必要はありません。大まかな傾向を把握し、迷ったら専門家に委ねる——これが漢方を安全に使いこなす最短ルートです。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の診断・治療を推奨するものではありません。漢方薬の使用にあたっては、現病歴・併用薬・体質を考慮した個別判断が必要です。症状の改善が見られない場合や、本文中に挙げた受診サインに該当する症状がある場合は、速やかに医師の診察を受けてください。妊娠中・授乳中の方、小児、高齢者、慢性疾患で治療中の方は、市販漢方薬であっても使用前に医師・薬剤師にご相談ください。
参考文献
- 日本東洋医学会 編『入門漢方医学』南江堂
- 寺澤捷年『絵でみる和漢診療学』医学書院
- 花輪壽彦『漢方診療のレッスン』金原出版
- 厚生労働省「重篤副作用疾患別対応マニュアル 偽アルドステロン症」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1j03.pdf
- 厚生労働省「重篤副作用疾患別対応マニュアル 間質性肺炎」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1j01.pdf
- PMDA「医薬品の適正使用に欠かせない情報として添付文書があります——小柴胡湯とインターフェロン製剤の禁忌について」 https://www.pmda.go.jp/
- 厚生労働省「一般用漢方製剤製造販売承認基準」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000177627.html
- 日本医師会『日本医師会生涯教育シリーズ 漢方治療のevidence』
監修: 薬剤師(博士(薬学))